竹内聖 なんとなくブログでした。

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Bassist。快楽帝ブラック、TAKE IVYのほか、FUNK、SOUL、POPS、JAZZ、TANGO、ミュゼット等、様々なジャンルのバンドやセッションにも参加し、北海道・札幌を中心に活動中。 札響首席コントラバス奏者藤沢光雄氏に師事。

2006/06/12

デジタルな信号機

最近、街の信号機がどんどんLED(発光ダイオード)を使ったものに切り替わっています。
青色のLEDが発明、製品化されてからというもの、巷の明かりに関するものがどんどんLED化していっていますよね。

信号機なんかは、たぶん耐久性とか、電力消費のこととか考えるとLEDを使うべきなんだと思うのですが、車を運転しているとどうもあのデジタルな感じの光の切り替わりに、嫌な印象を受けます。
デジタルな感じの光の切り替わりって何?ってことなんですが、それは、明かりがついている状態から消えるときに、何の余韻もなくデジタルにON→OFFになるんです。OFF→ONも一緒。
電球を使っていると、ほんのわずかだけど、ONとOFFの中間の状態を感じるんですよね。
でも、LEDはそれがない。
そのことが、すごく嫌な印象を与えます。

これに限らず、LEDの光は3原色がそろったからといって、全ての色が出る訳ではないのです。たしかにその3つを組み合わせると、様々な色を感じますが、太陽光には3原色だけじゃなくその間の無数の波長があるわけで、それはやっぱりLEDでは出せないのです。
別に電球だって、限られた色しかでないのですが、そこにはアナログな曖昧さがあり、幅があり、頼りなさがあり、それがなんともいえない暖かさだったんではないでしょうか。

人間が夜に灯す明かりが、炎から電球になり、蛍光灯になり、LEDになって、だんだんと便利になってきましたが、同時に生き物としての人間からの距離がどんどん遠くなっているような気がします。

便利なモノを否定するわけじゃありませんが、それだけを追い求めてはダメだと思います。

合理化≠進化。

時には合理化=退化なのです。

無駄で、扱いにくくて、頼りなくて、曖昧で、非合理的で、効率が悪くて・・・
一見、そんなふうに見えるものの中に、大切なものがあることを忘れてはいけない。

LEDの信号機を見て、ふと思うのでした。



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